2017年度 経済統計学会賞

受賞者:岡部純一(横浜国立大学)

選考結果報告

選考対象著作
著者:岡部純一会員,Aparajita Bakshi 氏(共著)
A New Statistical Domain in India : An Enquiry into Village Panchayat Databases,2016, Tulika Books, New Delhi.

   1.本著作の概要と意義

 本書は,岡部純一会員とIndian Statistical Institute (ISI)のV. K. Ramachandran 教授率いるFoundation for Agrarian Studies(FAS)との本格的な国際共同研究の成果であり,インドの地方自治制度のもとでの農村部自治体,とくに村パンチャーヤトと統計データとの 関係を,丹念なフィールドワークによって解明している。
 本書の大きな特質は著者が憲法に想定された,村パンチャーヤトの機能を詳細に検討し,その機能を果たすのに必要な統計情報,期待項目を作成し,詳細な ケーススタディのために選択された2つの村の既存データベースを評価していることにある。こうして本書は村パンチャーヤトレベルで利用可能なデータベース に関してミクロレベルでの特性を探求するものとなっている。
 研究の背景として,インドでは,1993年の第73次憲法改正を受け,地方自治のためのデータが必要になったこと,そして地域開発基礎統計に関する政府 専門委員会が「村パンチャーヤトが村レベルのデータを編纂・保持すべきである」との答申を行った結果,「新たな統計領域」を検討する機運が高まっていたこ とがある。こうして地方自治のためのデータ需要と中央政府が想定するデータの供給という2つの側面から,村パンチャーヤトに存在するデータの検討が必要と されている
 しかし農村部各層(県,郡,村)パンチャーヤトの所管事務の詳細は州政府に委ねられており,州によって地方自治の実際が異なっている。このため本書では 2つの州(マハラシュートラ州と西ベンガル州)の2か村を対象に実地調査を行い,各層パンチャーヤ卜の具体的な担当業務(Activity Mapping)の検討や,村レベルにおいて村パンチヤーヤトや中央・州政府の出先機関が保持しているデータの検討・今昧を行うことによって研究を進めて いる。
 本書は,序章と終章を含め9章から構成される大部の著であり,すべてその論点を尽くすことは不可能であるが,下記にいくつかの重要な点のみ本書の構成に 沿って概要を示しておく。
 まず本書第2章では,各層パンチャーヤトに必要なデータとは何かが検討される。インド憲法で規定されたパンチャーヤトの行政事務の検討によって,4つの データ・ニーズが導出される。@「民主的な自治に必要なデータ・ニーズ」,A州政府から「農村部自治体への権限委譲プロセスで利用されるデータ・ニー ズ」,B「パンチャーヤトの財政に関するデータ・ニーズ」,C「パンチャーヤトの計画策定とその実施のためのデータ・ニーズ」である。
 第3章では,調査地であるマハラシュートラ州のワルワット・カンデラオー村と西ベンガル州ラレナ村の2つのパンチャーヤトが紹介される。それとともに, 聞き取り調査によって,県・郡・村パンチャーヤトにおけるActivity Mappingが作成される。
 第4章ではデータ・ソースを,実地調査に基づいて,村パンチャーヤトが保持する記録類,村パンチャーヤトが実施する全数調査,中央・州政府の出先機関が 収集保持する記録類,中央・州政府出先機関が実施する全数調査に区分し,それぞれ具体的にどのようなものが存在しているかが詳細に検討される。そして母子 福祉センター(Anganwadi Centre)が作成・保持している全世帯・住民 リストや,2002 年の Below Poverty Line Censusなど,村パンチャーヤトが保持 している統計データを確認している。
 第5章から第8章では,パンチャーヤトと統計データとの関連性が検討される。すなわち,第2章で指摘したデータ・ニーズを満たすデータの存在が吟味さ れ,存在した場合にはその妥当性,存在しない場合にはデータ・ニーズを満たすデータ作成の可能性が検討される。以下に,主な結果を列挙する。
・ 民主的な自治に必要なデータ・ニーズのうち,パンチャーヤトの統治対象に関するデータ・ニーズとして利用可能なデータが吟味される。その結果,中央集 権的な出先機関が保持しているデータはその管轄地域と村パンチャーヤトの地理的領域とが一致しないため,村レベルでは利用が困難であり,その正確性にも疑 問があると指摘される。
・ 村パンチャーヤトが貧困対策などの中央・州政府による政策を個々の居住者に実施するには,村パンチャーヤトの居住者を列挙した「人々のリスト (People’s List)」が必要である。しかし,村パンチャーヤトの統治対象者を数え上げた完全なリストは存在していない。そこで,Foundation for Agrarian Studies (FAS)が実施したセンサス型の実地調査結果を参照基準とし,母子福祉センター(アンガンワデイ・センター)が保有する世帯・人口登録簿とBelow Poverty Line(BPL)センサスの個票を使用して,データ・マッチング(名寄せ)を行うことにより,人々のリストの作成が試みられている。こうして複数ソース のデータ・マッチングによって,精度を高めた人々のリストの作成可能性が示される。
・ さらに「地域開発基礎統計に関する政府専門委員会」が提示した地域計画策定用の村レベルの報告表式(Village Schedule)の項目ごとに,その有用性や根拠データ・ソースの有無が評価・検討される過程で,土地利用・所有などの複数項目で村落内にデータ・ソー スが存在しないことや,村パンチャーヤトのActivity Mappingに担当業務以外とみなされる項目が含まれるなど,データの過剰・過少が指摘されている。またデータ・ニーズとの関係で言えば, Village Scheduleには,村パンチャーヤト自体のパフォーマンスを示すデータ,未記録の統治対象に関するデータ,財政データの欠如,および人々のリストなど のデータに対する言及がないなどの問題点が指摘されている。
 最後の第9章は本書全体の結論的要約であり,地方自治体制が未確立なのは統計データが整備されていないためではなく,地方自治体制が未確立だからこそ統 計データが整備されないのであり,中央・州政府が収集・保有するデータと村パンチャーヤトが記録・収集・保有するデータの有機的な関連付けが必要であると 結論づけられる。

2.選考結果

 本書は,第73次憲法改正(1993年)を受けて制度的に保証されるようになったインドの地方自治制度のもと での,農村部自治体とくに村パンチャーヤトと統計データとの関係を,丹念なフィールドワークによって解明した貴重な労作である。研究上の優れた成果として は,第1に,きわめて綿密な農村調査を行うことによって,村パンチャーヤトが記録・収集・保有するデータとデータ・ニーズの関係が明確に示されたことであ る。とりわけ,Activity Mappingや人々のリストの作成における複数ソースのデータ・マッチングには,多大な労力を要したことが容易に想像できる。第2に,地域開発基礎統計 に関する政府専門委員会が地域計画のためのデータ・ニーズに集中していたのに対して,憲法に規定された地方自治との関連で,主として村パンチャーヤトにお けるデータ・ニーズをより広範囲に導出するという方法論が提示されたことである。第3に,従来の諸外国に関する経済統計学・社会統計学研究の多くは先進諸 国の動向を追うことに力点が置かれていたが,本書により途上国を対象とする新たな研究領域が提示されたことである。本学会の伝統の1つである統計制度・統 計体系の対象領域について貴重な問題提起と新たな可能性を提示している。
 最後になるが,本書はAparajita Bakshi氏との共著であるが,岡部会員が主導し,フィールドワークをコアとする本格的な国際共同研究の先進例として秀逸であり,むしろそのことは大き な評価点である。これらの諸点を考慮して,本書は経済統計学会賞にふさわしい成果であり,学会賞選考委員会は,選考対象業績を著した岡部純一会員に対して 2017年度経済統計学会賞を授与することとした。

2017年6月30日
学会賞選考委員会

経済統計学会


 

 

 

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